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NE Academy【第2回】
設置の容易さや電池の交換時期の保証が重要に

この記事は、日経エレクトロニクス2014年9月1日号に掲載されたNE Academy「信頼性の高い無線センサーネット構築の勘所」を再構成したものです。禁無断転載

はじめに

 本連載の第1回は、信頼性の高い無線センサーネットワークを構築するための標準仕様について解説した。発電所や化学プラントなど、センサーの測定データを失うこと(欠測)が許されない用途には、「WirelessHART」規格や「IEEE802.15.4e」規格が規定するTSCH(Time Slotted Channel Hopping)方式が適している。この技術の適用分野は、データ転送用や給電用のケーブルを配線せず、電池だけで数年間にわたってセンサーデータを収集したい全ての分野にわたる。老朽インフラの振動モニタリング、IT農業の環境モニタリング、iBeacon*1 との併用による資産位置管理など、幅広い用途に活用できる。

 TSCH方式の発端は米University of California,Berkeley校のKris Pister教授の「SmartDust」構想に遡る。このビジョンに賛同したDARPA(米国防高等研究計画局)や投資家の援助によりDust Networks社という企業が立ち上がり、無線センサーネットワークを構成するチップの製品化にこぎつけた。

 これらのチップには、既に30億デバイス時間を超える利用実績がある。今回もDust社の製品を使ったネットワークの実用例を取り上げ、無線センサーネットワークが満たすべき条件と、その実現手法を詳しく解説する。

*1 iBeacon= 米Apple社が2013年9月に公開した携帯機器向けOS「iOS7」に搭載した新機能。対応機器は、Bluetoothの省電力規格「Bluetooth Low Energy(BLE)」の仕組みを使って周囲にIDを発信し、このIDを受け取ったスマートフォンなどのアプリケーションソフトウエア(アプリ)が、IDに応じた動作を実行する。

センサーネットでスマートパーキング

 今回紹介する事例は、「スマートパーキング」である。大都市に無数にある駐車場の空き状況をセンサーでリアルタイムに把握し、運転者がスマートフォンなどを使って空きのある駐車場を容易に探せるようにするシステムだ。北米の大都市では、悪化し続ける交通渋滞の緩和が共通の課題となっている。中でも、駐車場を探すための無駄な時間が、運転時間の30%を占めるとされてきた。近年、この状況を改善する効果的な方法としてスマートパーキングが実用化され、大都市を中心に採用例が増えている。

 スマートパーキングのシステムでは、車の有無を調べる磁気センサー、アンテナ、電池、無線機を組み込んだ円盤状の装置を駐車場の路面に埋め込む(図1)。このセンサーの設置にケーブル配線が必要だとすれば、ケーブルの敷設、維持に要する費用が高くつきすぎ、実現は困難である。センサーを無線でつなぐことで、このようなシステムを比較的安価に構築可能になるわけだ(図2)。スマートパーキング大手の米Streetline社が運営するシステムで、無線方式として選ばれたのがDust Networks社の技術だった。

センサーネットでスマートパーキング

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センサーネットでスマートパーキング

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 Streetline社のスマートパーキングシステムでは、空き情報を提供して駐車場の稼働率を高めるほかに、駐車ニーズの高い駐車場にそれに応じた高い料金を設定する可変料金制の導入を可能にした。この結果、例えば2万カ所にセンサーを設置したロサンゼルス市の場合、導入後の市の駐車場収入は従来の3倍に増えるなどの目覚ましい経済効果が得られた。

 センサーを設置する投資コストは比較的短期間に回収可能であるため、財政状況の厳しい全米の大都市で次々と導入が進み、現在は北米で10以上の大都市で採用されている。

5つの条件を満たす

 前回紹介したように、無線ネットワークを構築する上で考慮すべきポイントは大きく分けて5つある。以下では、それぞれの詳細と解決策を、スマートパーキングの事例で説明していく。

 まずネットワークを敷設する際に重要になるのが、(1)センサーを容易に設置できることである。駐車する自動車の大きさや形状、駐車位置が異なっていても、駐車したことを確実に検出するために、磁気センサーは駐車スペースのほぼ真ん中に設置するように指定されている。この作業を円滑に進めるには、センサーを設置する作業員に無線の伝搬に関する知識がない場合でも、指示書に従った場所に設置するだけでネットワークを構築できるようにする必要がある。

 ネットワークの運用上で特に重要なのが、(2)長期にわたって電池で駆動できることと、(3)接続の信頼性を確保できることである。このうち(2)では、単に電池が長持ちするだけでなく、電池の交換周期を保証する必要がある。スマートパーキングでは、コンクリートの路面に円盤状の穴をうがち、密封した耐候性のセンサーを、この穴に接着して固定する。このため取り換えにはそれなりのコストがかかる。このコストを勘案すると、電池の交換周期は最低でも5年を保証しなければならない。もし設置から5年たたずにセンサーの電池が次々と切れていくと、システムの稼働に大きな支障を来してしまう。つまり、電池寿命を実際の利用状況に依存させずに、なるべくDeterministic(決定論的)に保証する必要があるわけだ。

 (3)の接続信頼性の確保は、スマートパーキングのような用途では特に実現が難しい。駐車スペースの真ん中に設置されたセンサーの真上に車体が停車するため、センサーが発した電波は主に車体と路面の間を反射して伝搬することになる。センサーと車体の位置関係によって伝搬経路はさまざまに変わり得る。このような電波環境でも遮断されず安定してセンサーデータを集め続けるためには、1回の送信だけでは難しく、周波数や空間、時間の冗長性を活用して確実にデータを届けることが必要になる。

 このほか、敷設の当初は見過ごされがちなポイントとして、(4)環境変化への適応と、(5)堅固なセキュリティーがある。(4)は、長い運用期間中に電波障害物が新たに設置されるといった事態に先手を打つものだ。センサー設置後に周辺の電波環境が大きく変わってもメンテナンスに人手を掛けずに済むように、無線ネットワークの方に自動的に適応する機能を盛り込む。

 (5)の堅固なセキュリティーも、実用上大切な項目だ。公共サービスであるスマートパーキングのシステムが悪意を持った者にかき乱されると非常に大きな被害につながり得る。悪意あるハッカーによって運用が妨げられないように、無線ネットワーク自体に堅固なセキュリティー機能を実装しておくことが求められる。

 以上に挙げた5つの条件のうち、(1)設置の容易さや(3)接続信頼性の確保と、(2)長期の電池駆動は、技術的には相反する要求といえる。設置の容易性や接続の信頼性を高めるには、それなりの電力を消費する機能を盛りこまなければならないからだ。これらの要求の間にうまくバランスをとったのが、WirelessHARTやIEEE802.15.4eが規定するTSCH方式と言える。

 ただし、こうした規格に準拠した製品でも、実装の詳細の違いによって、ネットワークの特性に差が生まれる。以下ではDust Networks社の製品が、どのような実装で(1)~(3)の要求を満たしているかを解説する。なお、(4)環境変化への適応と(5)堅固なセキュリティーは、誌面の関係上、次回に取り上げる。

ノードがネットに自動参加

 設置の容易さについては、つい先日、とある実験用の太陽光発電プラントでストリング(直列につながれた太陽電池モジュール)劣化検出の実証実験に立ち会った経験を紹介したい。ノートパソコンのUSBポートにネットワークマネジャーを接続し、太陽光パネルに装着した40個ほどの測定用ノードの電源を入れていくだけで「自動的に」ネットワークが完成し、稼働し始めた。立ち会った装置メーカーのエンジニアは、無線ネットワークが簡単に構成できることを目の当たりにして、とても驚いていた。Dust Networks社が提供する「設置の容易さ」とは、こういうことである。

 Dust Networks社の製品は、新たに電源を入れたノードが自動的に既存のネットワークに参加できる仕組みを組み込んでいる。WirelessHARTやIEEE802.15.4eが規定する枠組みに基づいて実装した。ネットワークの構築に携わる作業者は、ネットワークマネジャーと複数のモート*2 を好きな位置に配置して電源を入れるだけで済む。実際のシステムの動作は下記の通りである。

(1) 通電状態にあるネットワークマネジャーは、0.5秒に1回、通知(Advertisement)と呼ばれるビーコンフレームを送信している。新たに電源が入ったモートは、あらかじめ設定されたデューティサイクル(モートがネットワークの検出に費やす時間とスリープ状態の時間の比)に従ってこのビーコンフレームを受信し、受信時刻を基にマネジャーの時計との同期を確立する(同期の確立)。

(2) ビーコンフレームに含まれるデータには、それを受信したモートがネットワークへの参加要求をいつ送信すればよいのか、要求に対する回答をいつ受信すればよいのかを示すタイムスロット番号が含まれている。モートは、1スロットフレームの間(約2秒間)受信を継続し、近隣の他のモートが通知を送信していないかどうかを調べる(近隣モートの探索)。

(3) モートは、それ自身が持つ電源の容量とルーティング能力に関する情報、および待機中に受信した近隣のモートのリストからなる参加要求を、暗号化してネットワークマネジャーに送信する。ネットワークマネジャーは、参加要求に対してセキュリティーのチェックを実行した後、OKであれば参加を許可する回答をモートに送信する。この回答の受信により、モートはネットワークの一員となる(参加の成立)。

(4) ネットワークの一員となったモートは、2秒に1回、自らも通知ビーコンフレームを送信し、それを受信した新しいモートをネットワークに参加させる役割を担う。モートが次々に通知を始めるため、ネットワークはマネジャーを始点として内から外へ順々に広がっていく。最終的には通電している全てのモートをネットワークに取り込める 注1)(ネットワークの拡大)。

 以上に述べた自動参加によるネットワークの構築は、あくまでも同じネットワークIDを設定されたモートだけが対象になる。異なるネットワークIDを持つモートは、このネットワークに参加できない。同じ空間内に複数の無線ネットワークを重ねて配置することを可能にするためで、他のネットワークの送信信号は、環境雑音と同様に扱われる。この機能を活用し、単一の空間に複数のメッシュネットワークを多重配置し、合計1万個のモートを設置した例もある。

*2 モート(mote)=Dust Networks社はネットワークのノードのことをこう呼ぶ。ダストが埃であるのに対し、モートは塵という意味である。

注1 Dust Networks社のトランシーバーIC「LTC5800」を使うと、通知時に各モートは約14μAの平均電流を消費する。低トラフィックのモートにとって、これは大きな値である。「SmartMesh IP」対応の品種では、消費電力を減らすためにモートが通知をしないように設定できるが、こうすると新しいモートや離脱したモートはネットワークの検出および参加ができなくなるので注意が必要である。