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NE Academy【第1回】
無線センサーネット構築の基礎 信頼性と低電力を両立する

この記事は、日経エレクトロニクス2014年8月18日号に掲載されたNE Academy「信頼性の高い無線センサーネット構築の勘所」を再構成したものです。禁無断転載

はじめに

 本連載では、個々のノードが電池で動作する、大規模な無線センサーネットワークを構築する際に重要なポイントを説明していく。まずは、本連載が対象とするセンサーネットワークの範囲を明確にしておこう。

 世の中はセンサーであふれている。家庭では、風呂の自動給湯器、エアコン、冷蔵庫、電子レンジ、湯沸しポットなどが温度センサーを使って制御されている。人は温度によって快不快を感じることから、温度は現在、最も広く測定されている物理パラメーターだ。

はじめに

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 これらのセンサーは、全てケーブルで給電され、ケーブルによりデータを転送している。利用されるセンサー群が比較的小さい範囲に収まっているので、ケーブルを選ぶのは自然な選択だ。

 それではセンサーが広い範囲に分散している場合はどうだろう。その際にケーブルを選ぶべきかどうかは、用途によって異なってくる。都市の道路や店舗に備え付ける監視カメラではケーブルを使った方がいい。通常、監視カメラは数mから数十mの間隔で設置され、監視する対象は広い空間にわたるが、画像センサーから送られる大容量データをリアルタイムで伝送するにはケーブルを使った方が経済的だからである。一方で、監視カメラと同様な密度で設置されている自動販売機では、一般に携帯電話回線が使われている。自動販売機から発生するデータは監視カメラと比べてはるかに少量で、無線によるデータ転送が経済的に正しい選択となるからだ。

 データを有線で送るか無線で送るかを決める要素としては、制御対象の空間的な広がりとセンサーが発生するデータ量による、有線と無線の経済性の違いが重要である。ただし、給電を有線にするかどうかは、これとは別の要因に左右される。自動販売機の場合は冷蔵のために商用電源に接続されているため、無線データ転送に使う通信モジュールに供給する電源には不自由しない。給電をケーブルレスにする必要があるのは、各ノードがこうした商用電源に容易にアクセスできない場合である。

 本稿が対象にする無線センサーネットワークは、データ転送にも給電にもケーブルを利用しない完全なケーブルレスの構成が、最も経済的な選択となる分野と言える。監視対象が空間的に広がっており、発生するセンサーデータが比較的少量で、各ノードに電池などの自立電源での動作が求められる用途である。具体的には、各種の環境モニタリング、農地の管理、工場内の装置の監視、建築物やインフラの監視などだ。本連載では、このような分野における技術動向や成功した応用例などを順次説明していく。

IEEE802.15.4が基本

 こうした用途に向けて、省電力でデータ転送速度が比較的低く、広い範囲を対象とする近距離無線の標準化が進んでいる。さまざまな無線方式が開発されてきたが、それらの方式の基礎になっているのがIEEE802.15.4という規格である(図1)。

 国際標準を話し合う場であるIEEE(The Institute of Electrical and Electronics Engineers)は、低速かつ広範囲での利用を狙ったLR-WPAN(Low-Rate Wireless Personal Area Network)というネットワークを定義し、下部組織であるIEEE802.15.4で、その規格を議論した。2003年に最初の標準が制定され、その後2006年に改版された。

IEEE802.15.4が基本

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 ここで定義されたのは、OSI参照モデルの1~2層である物理層、MAC層(Media Access Control Layer)のプロトコルである(図2)。物理層では周波数帯域、変調方式およびデータ転送速度を、MAC層ではアクセスポイントまでの接続方式を規定する。接続方式は、無線LAN規格のIEEE802.11aなどでも利用しているCSMA/CA(carrier sense multiple access/collision avoidance)方式である。

 IEEE802.15.4の成立を受け、上位層のプロトコルも含めて策定された通信規格が「ZigBee」である。2002年に装置メーカー、半導体メーカーなどが設立したZigBee Allianceという業界団体が標準規格を定めた。その後、半導体メーカーはZigBee規格に準拠した送受信ICの市場投入を進め、装置メーカーも準拠製品を多数リリース。これらの製品のリストはZigBee AllianceのWebサイトで閲覧できる。

 ただし、これらの製品の多くは、オフィスや家庭などの室内で10台程度の少数のセンサー装置をつなぐことを想定したものである。リモコンなどに使う赤外線通信を代用したと言えそうなものもある。本来、LR-WPANが対象としていた広い空間に多数のセンサーを設置し、それらを電池によって駆動するという目的に沿った製品を見つけるのは難しい。

 特に産業分野への応用に絞ると、ZigBeeは必ずしも向いているとは言えない。筆者は仕事柄、産業機器関連の装置メーカーから話を聞く機会が多いが、現在のZigBeeには満足できないという意見は少なくない。理由としてよく挙がるのが、接続の不確かさである。産業分野でセンサーを設置する場合、測定データを失うこと(欠測)は基本的に許されないにもかかわらず、ZigBeeではしばしば欠測が生じるというのである。

工場に入り込んだ無線センサーネット

 一方で、産業用を想定して仕様が策定され、既に広く利用されている無線センサーネットワークの規格がある。工場内でセンサーなどをつなぐ場合に使われる「WirelessHART」である。

 WirelessHART規格の策定を主導したのはプラント制御の大手、米Emerson Electric社である。同社は、全世界の発電所、石油精製所、化学プラントなどに、制御機器や資産管理システムを納入している。このようなプラントでは、各種の液体や気体が流れるパイプ、それらを貯蔵するタンク、循環させるためのポンプなどが密集して取り付けられ、それらを安定して動作させるために温度、圧力、流量、水位、振動などの物理パラメーターを継続的に監視する必要がある。そのために、至る所にセンサーが配置されて情報が制御システムに届けられるが、これらをつなぐケーブル配線は長く、設置に要する工数がコスト面、工期面に与える負担は大きかった。

センサーの置き場所から電力を見積もる

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 そこで、センサーなどのフィールド機器をつなぐ無線ネットワークの規格としてEmerson社らが策定したのがWirelessHARTである。同社は有線によるフィールド機器接続の標準規格「HART(Highway Addressable Remote Transducer)プロトコル」の業界団体HART CommunicationFoundationの主幹事を務めており、HARTの無線版として仕様を決めた格好だ。WirelessHART規格の無線プロトコルを開発したのが米Dust Networks社である(Dust社の技術の起源についてはp.87の「出発点は『Smart Dust』」を参照)。

 Emerson社はDust Networks社が開発した技術がフィールド機器接続の負担を大幅に軽減する可能性を見抜き、「Smart Wireless」と呼ぶ製品群を立ち上げた。実際、Emerson社の無線フィールド機器は全てDust Networks社の無線デバイス「SmartMesh WirelessHART」を実装している(図3)。Smart Wirelessは現在もEmerson社の戦略製品の1つであり、既に設置された無線ネットワークの総数は2014年現在で1万7000を超える。設置済みの無線フィールド機器の数は20万台、累積稼働実績は30億デバイス時間を超えている。

工場ではISA100.11a規格と併存

  WirelessHARTの物理層はIEEE802.15.4が規定する2.4GHz帯である。ただし、上位の通信プロトコルは別途規格化されている。2008年に、電気・電子工学技術に関する国際標準化団体であるIEC(International Electrotechnical Commission:国際電気標準会議)において、IEC62591として標準化された。

 これと並行して、Emerson社と同様にプラント管理の大手であり市場において競合関係にある米Honeywell社は、WirelessHARTと似た無線通信規格「 ISA100.11a」の策定に乗り出した。ISA(The International Society of Automation:国際計測制御学会)は制御機器の国際規格などを定める団体である。ISA100.11a規格もDust Networks社が開発した技術を基礎にしているが、WirelessHARTとの互換性はない。なお、ISA100.11aはIECでも標準規格になっている。

 現在、WirelessHARTとISA100.11aは、工場内のフィールド機器向け無線ネットワーク規格の市場を分け合う形になっている。ただし、米ARC Advisory Group が2012年に発行した「Wireless Devices in Process Manufacturing Worldwide Outlook」によると、両社を合わせて100%としたときの市場シェアはWirelessHARTが約87%、ISA100.11aが約13%で、WirelessHARTの方が優勢だ。なお、WirelessHART準拠製品は、Dust Networks社以外のメーカーからも登場している。